夜空に視野いっぱいの大きさのアーチが浮かび上がる。
「よし、はじまった!」とばかりに、急いでカメラを取り出す。
外にあらかじめ出しておいた2台の三脚にそれぞれカメラをセットする。
しかし、暗闇の中では三脚のネジをカメラにはめるだけで大変な作業だった。すんなりうまく行くこともあれば、イライラするほど手間どる時もある。
そうこうしているうちに、アーチの立ち上がり部分はさざなみだって動き始める。その動きを見極めながら、カメラとレンズの設定を確認してファインダーを覗く。
極寒の中、すぐに息苦しくなり、我慢できずに、「ぷは~っ」とやってしまうと、眼鏡もファインダーも瞬く間に凍りつく。それどころか、カメラのレンズにまで息がかかりそう。霜がついたら撮れなくなっちゃう。
しばしカメラから顔を離して、ハァハァ・・・。
いや、そんなひまはない。
オーロラはどんどん濃くなり、動きも大きくなっていく。
一台のカメラには魚眼レンズをとりつけて、大きなアーチをまるごと視野に収めた。
腕時計を片手に秒針とオーロラ、どちらも目が離せない。
もう一台のカメラには24ミリレンズを取り付け、こちらは一枚一枚撮るたびにコマを送らなきゃならない。
レリーズの細かい操作もあって、気づくと手袋の人差し指に穴があいていた。
こりゃダメだと、予備の手袋に替える。
数年来スキー用のインナーに使っているもので、秋に自転車で転んで手のひら部分に穴あき。 でもこれで最後まで持ちこたえました。
レリーズのスイッチを握っている右手はこごえ、左手はダウンジャケットのポケットで保温。前かがみでカメラを操作していると、背中や腰に貼ったカイロが圧着してきてカチカチ山状態。熱いし寒いし痛いし、気温-40度下では体温との差は76度にもなるわけで。これは水が沸騰する温度差である。
オーロラについてはそれなりに事前学習をしたつもりだったが、
目の当たりにする現実は、ひらひらと微風に揺れるカーテンというよりは、砂時計の砂粒が少しずつ少しずつ落下していく動きのような、スローモーションのようでもあり、基盤となる巨大アーチの形は崩すことなく、それでいて一瞬一瞬姿を変えていく光。
そして、それを受け止める壮大な地上の器。
あるとき、その光はアーチの形を解いて頭上のあちこちに節操も無くスジ状の幕をさしかけてきた。
突然現われた天頂のカーテンは動いているのか静止しているのか、よくわからない。
こうなるとカメラをどこに向けていいかわからない。
半分やけになって魚眼レンズを真上に向けてシャッターを開く。
今、この大地に私を繋ぎとめているものはカメラと三脚だけ。
このとき、頭に浮かんだ言葉は「primitiv」(原始的)。
英語からっきしの私がそんな言葉を知っていたとは自分でも知らなかったけれど、なにか根源的な力強さを感じた。
これは見世物ではなく、人の意志とは関係のない自然現象であり、所詮人間のやることは神様には及ばない。