Northen Lights を追って (5)

もしかしたらこのまま足の指を凍傷で失うのかも知れない!!
とまで思いはじめると気になってしょうがない。
気が狂いそうな恐ろしい寒さと、目に映る美しい世界。
湖から立ちのぼる霧にさそわれて、長い時間をかけて少しずつ近づいてきたオーロラは、手の届きそうな距離までやってきて静かに姿を消していった。

緊張から突然解放され、あっけにとられる。
「ああ、これで終わりだね」
撮影機材を片付けて空港へと向かう。
徐々に手足の冷えもおさまってゆく。

そこは先ほどまでのサバイバルがウソのように暖房の効いた文明世界。
カウンター係のブロンド美女が優雅な笑顔で出勤してくる。
この人もこの極寒の町の住人なのだろうか。
最後にもう一度マイナス40度の外気温に触れ、極北の地に別れを告げ帰国の途についた。

 

 

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Northen Lights を追って (4)

名残惜しさで心は重く、外気温にすくんで外に出るのはちょっとした覚悟が必要。
夢幻の世界を目の当たりにして、安易にレンズを向ける気にはなれなかった。
あわてなくても、すぐに消えはしない。
見渡すかぎりに、月光に照らされた雪原、林、湖、霧、星。
静かに、静かに。 潤んでいる。

全部を両立させて写真に収めるのは難しそうに思えた。
乱れた精神状態で対峙することはできない。
実際には、いろいろな気持ちを抑え、あえて機械的にシャッターを切っていくしかなかった。

しばらくして、北の地平線に薄明かりがかかった。
ほとんどあきらめていたラストチャンスか。
名残惜しさのあまり幻覚を見ているのか。
しかし、どうにも期待は高まる。
固唾を飲んでカメラの位置を変える。

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北の空の薄明かりは、弱いながらも徐々に幻覚ではないと確信できる強さになってきた。
「もっと強く」
「もっとこちらへ」
そう思えば思うほど逆に遠ざかってしまうような気持ちになる。
今後の展開は誰にもわからない。
つかみとって引き寄せるわけにはいかない。
叫んで呼び止めることもできない。
この世にはそういうものが多すぎる。
人の心も。

声にならない私の祈りは霧と一緒に上空へと立ち上ってゆく。
やわらかい、やわらかい、光の帯は、少しずつ、少しずつ、こちらへ近づいてくる。
空港へ向かうタイムリミットまであと1時間。
この最後の時になって神様はほほえんだ。
空の光が湖から立ち上る蒸気と混じりあうほどに近づいたころ、シャッターを切り始める。
いろいろな気持ちをおさえて、5秒、10秒、20秒・・・。
フイルムを巻き上げるたびにきしむ音。

時に強く、時に弱く、ひらめいて、さしかかる、
天からふりそそぐ光。
地上から湧き上がる霧。
視野いっぱいに。
音のない世界に、天の声、地の声が重なり合って心に響く。

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どうかこの美しい現実を消し去らないでください。
できることならもっと強く!
心の中で祈りながら空を見上げ、ファインダーを覗き、シャッターを切りつづける。
そうしながらも、あまりの寒さに体は冷え切り手は感覚が無い。
足の指にも感覚がない。
先ほど汗だくになっていたことはすっかり忘れている。
もっと撮りたい! でも手が冷たすぎる。
でもポケットで温めているヒマがあったら撮りたい!
でも、もう力が入らない! でもボタンを押すくらいは出来るはず・・・。
ちょっと暖めてから・・・。
そんな場合じゃない! もう二度と見られないんだから!
この葛藤が続く。 自分との闘い。
手をポケットに入れたり、出したり。
ダウンジャケットの4つのポケットの中に二つづつ入れているカイロはどれも冷え切っている。
とはいってもマイナス40度よりはきっと暖かいはず。
・・・握り締める。
足の指は、足踏みをしてみても全く血の通う気配が無い。
この旅の中でこんなに寒さを感じたことは無かった。すべてにおいてクライマックスとなる。

Northen Lights を追って (3)

滞在最後の夜。
しばらくすると、北の空に薄いアーチがかかり始めた。
かねてから狙っていた撮影ポイントへ急ぎ向かう。
その静かな住宅街の中の1軒の家では、庭にイルミネーションでトナカイとサンタのそりを配置してまるでおとぎの国の雰囲気。
月の昇る前の闇夜に、相変わらずカメラに三脚のねじがはまらない。イライラは極限に達する。
そうこうしているうちに空の光はどんどん強くなってくる。
イルミネーションまで数十メートル移動する時間も惜しく、道路わきから撮影を始める。
西から東から、それぞれ延びてくる光が中央で一つに合体するかと思いきや、そのまま2重のアーチに、と、さらに薄いアーチがもう一層現れたり。また消えたり。

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月が昇る前のせいか、オーロラはひときわくっきりと夜空に絵筆を走らせる。
トナカイの橇はオーロラのアーチを駆け上がる。
時折通る自動車の赤いテールランプとオーロラとの組み合わせは、今しかない貴重なシャッターチャンス。
気温はマイナス40度。
しかし、なんと、信じられないことに、このとき私は暑くてたまらなかった。
息は切れる。
鼓動は高鳴る。
全身が汗だくになってくるのを感じる。
右手にはカメラを握り締め、左手にはカメラの向きを固定するレバー。
自分の息ですぐにファインダーが凍るので、指でこすりとる。
液晶表示は半ば凍りつき、計時精度があやしい。
フイルムの巻き上げ音と共にカメラがきしむ音がする。
必死に撮影しながらも、暑くてたまらない自分を不思議に感じていた。
やがて光は弱くかすかに消えていった。

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これで今回の旅も終わりかとあきらめかけたが、しぶとくもうワンチャンスを狙ってさらに移動。
ラバージュ湖畔。
この湖は、ここ数日のマイナス30~40度の気温にも結氷せず、もうもうと水蒸気を立ち上らせていた。
車中で待機すること1時間だったか2時間だったか。その間に年が明けていた。
オーロラはすっかり影を潜めていたが、その間に月は昇り、徐々にむせかえるほどの霧にうるんだ世界が照らし出されてきた。
何もかも凍てついた世界だと思っていたこの場所に・・・。
これは一体現実なのだろうか?
フロントガラス越しにも立ち上る水蒸気が浸透してくるようで、フライトが数時間後に迫ったこの旅の終わりに、なんともいえない湿度と熱いものを運んでくる。

この10日間の旅。天候にもめぐまれず、オーロラの活性度も低調だったとはいえ、それでも貴重な時を無駄に過ごしはしなかったか。
突然、名残惜しさに襲われる。

「よし、撮ろう」

Northen Lights を追って (2)

東の空には月が昇り、その月にからむようにオーロラの光はゆっくりとさざなみ動き続ける。
時間を忘れ、寒さを忘れてシャッターを切りつづけた。
ある時、フイルムを次のコマへと送った時に、バリっと強い手ごたえがして、それ以来コマ送りが空回りしているような・・・。
フイルムの切断。
昼用の安いフイルムを一本犠牲にして一気に引き抜き、根元で切って切断したフイルムを張り合わせて巻き戻した。
新しいフイルムをセットしてまた撮影を続ける。
そのうちにあるとき突然光が強くなり動きが激しくなった。
そのとき30コマほどまで進んでいたカメラの中のフイルムは・・・またしても、切れた。

「もーう、このカメラはダメだ!!」
予備で持ってきた借り物のカメラを出動させることにした。
これは一応電動なのでフイルムのセットもワンタッチ。
おー!なんて簡単なんだ!!
遅れを取り戻そうと三脚へ戻った時にはオーロラはもう元の静かな姿に戻っていた。

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極寒時には電池を使用しないカメラが最適と聞いていたが、実際に使ってみたところ、機械式カメラは、ひとコマ撮るたびに巻き上げることやフイルムの交換がとっても大変!!
電池が消耗したら交換すればよい、電動式が私には使いやすかった。
そうして電池の恩恵にあずかって撮り続けたが、カメラを替えてからオーロラの調子がぱったりと静かになってしまった。

しかし、オーロラがあろうとなかろうと、凍てついた湖と背後にそびえる山脈に囲まれたこの地はすばらしかった。
あきらめずにカメラをいろいろな方向へ向けて星空と大地の姿を写真におさめる。

目の前の凍った湖からは、時折氷の割れる音があたりに響き渡る。
「バリバリバリ(高音)・・・ドボ~ン(重低音)」
湖の南西側周囲に沿って走るアラスカハイウェイ、とはいっても単なる対面二車線の一本道・・・は、一時間に1台くらいしか車が通らない。
そして、背後にそびえる山脈は月明かりのライティングによって時とともに陰影を深く刻んでゆく。

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Northen Lights を追って (1)

夜空に視野いっぱいの大きさのアーチが浮かび上がる。
「よし、はじまった!」とばかりに、急いでカメラを取り出す。
外にあらかじめ出しておいた2台の三脚にそれぞれカメラをセットする。
しかし、暗闇の中では三脚のネジをカメラにはめるだけで大変な作業だった。すんなりうまく行くこともあれば、イライラするほど手間どる時もある。
そうこうしているうちに、アーチの立ち上がり部分はさざなみだって動き始める。その動きを見極めながら、カメラとレンズの設定を確認してファインダーを覗く。
極寒の中、すぐに息苦しくなり、我慢できずに、「ぷは~っ」とやってしまうと、眼鏡もファインダーも瞬く間に凍りつく。それどころか、カメラのレンズにまで息がかかりそう。霜がついたら撮れなくなっちゃう。
しばしカメラから顔を離して、ハァハァ・・・。
いや、そんなひまはない。
オーロラはどんどん濃くなり、動きも大きくなっていく。

Canon EOS55+SIGMA 対角魚眼15mmF2.8 にて撮影。
写っているカメラは FTbn+FD24mmF1.4。

 

一台のカメラには魚眼レンズをとりつけて、大きなアーチをまるごと視野に収めた。
腕時計を片手に秒針とオーロラ、どちらも目が離せない。
もう一台のカメラには24ミリレンズを取り付け、こちらは一枚一枚撮るたびにコマを送らなきゃならない。
レリーズの細かい操作もあって、気づくと手袋の人差し指に穴があいていた。
こりゃダメだと、予備の手袋に替える。
数年来スキー用のインナーに使っているもので、秋に自転車で転んで手のひら部分に穴あき。 でもこれで最後まで持ちこたえました。

レリーズのスイッチを握っている右手はこごえ、左手はダウンジャケットのポケットで保温。前かがみでカメラを操作していると、背中や腰に貼ったカイロが圧着してきてカチカチ山状態。熱いし寒いし痛いし、気温-40度下では体温との差は76度にもなるわけで。これは水が沸騰する温度差である。

 

 

オーロラについてはそれなりに事前学習をしたつもりだったが、
目の当たりにする現実は、ひらひらと微風に揺れるカーテンというよりは、砂時計の砂粒が少しずつ少しずつ落下していく動きのような、スローモーションのようでもあり、基盤となる巨大アーチの形は崩すことなく、それでいて一瞬一瞬姿を変えていく光。
そして、それを受け止める壮大な地上の器。

あるとき、その光はアーチの形を解いて頭上のあちこちに節操も無くスジ状の幕をさしかけてきた。
突然現われた天頂のカーテンは動いているのか静止しているのか、よくわからない。
こうなるとカメラをどこに向けていいかわからない。
半分やけになって魚眼レンズを真上に向けてシャッターを開く。
今、この大地に私を繋ぎとめているものはカメラと三脚だけ。
このとき、頭に浮かんだ言葉は「primitiv」(原始的)。
英語からっきしの私がそんな言葉を知っていたとは自分でも知らなかったけれど、なにか根源的な力強さを感じた。
これは見世物ではなく、人の意志とは関係のない自然現象であり、所詮人間のやることは神様には及ばない。